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横浜地方裁判所 昭和42年(む)23号 決定 1967年2月02日

被疑者 田中喜一郎、坂田利一

決  定 <被疑者氏名略>

右両名に対する各公職選挙法違反被疑事件につき、昭和四二年一月三〇日横浜地方裁判所裁判官最首良夫がなした勾留期間延長の裁判に対し、弁護人藤原修身、同陶山圭之輔、同鈴木紀男から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原告裁判中、勾留延長期間について「昭和四二年二月一〇日まで」とあるを「昭和四二年二月四日まで」とそれぞれ変更する。

理由

本件準抗告の趣旨および理由は、弁護人藤原修身、同陶山圭之輔、同鈴木紀男の準抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

案ずるに、本件各被疑事実の内容は要するに、被疑者両名は共謀のうえ、昭和四二年一月二〇日、衆議院議員選挙に関し、社会党秋山徳雄候補に投票を得しめる目的をもつて鎌倉市大町三丁目五番四号大谷起左子方ほか四戸を個別訪問し、その際右選挙に関し署名運動をしたということであり、一件記録によれば被疑者等は右同日右犯罪の現行犯人として、逮捕されたのち、同月二二日横浜地方検察庁検察官大畑雅敬より横浜簡易裁判所に勾留請求がなされ、同日同裁判所裁判官大畑宗二は刑事訴訟法第六〇条第一項第二号、第三号に該当する事由ありとして、被疑者両名を勾留する裁判をなし、さらに同月三〇日同検察庁検察官板山隆重は本件につき「共犯者山本某、同福田某(逃走中)及び一月一九日の個別訪問先についての取調未了」を理由に二月一日から一〇日間勾留期間を延長することを求め、同日横浜地方裁判所裁判官最首良夫は、右請求を容れて「関係人多数取調未了」との理由により被疑者等に対し一〇日間勾留期間を延長する旨の裁判をなしたことが明らかである。

そこで、本件勾留延長につき、刑事訴訟法第二〇八条第二項にいわゆる「やむを得ない事由」があるか否かにつき検討する。

弁護人等は、まず、被疑者両名にはすでに刑事訴訟法第六〇条第一項各号に該当する事由がないから、このような場合に勾留期間を延長した原裁判は理由がないと主張する。しかしながら、一件記録によれば被疑者両名が本件犯罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、かつ、同人らにおいて一月二〇日逮捕された際、警察官に対し犯行を否認し、自分らは選挙とは関係のない単なる署名運動をしたまでである旨弁解し、同月二二日の前記勾留質問に際しても勾留裁判官に対し前同様の陳述を繰り返してこれを否認したこと、一方本件犯行は署名運動に名を借りた巧妙な個別訪問で、しかも被疑者両名は労働組合の指導的地位にあつていわゆる組織利用の一端を担つての行為であることが認められ、これらの事情からするならば被疑者両名にはいまだ刑事訴訟法第六〇条第一項第二号に該当する事由があるということができる。

ついで弁護人は当初被疑者両名は犯行を否認したとしても、その後直ちに犯行の全部について自認したものであるから、本件犯行の規模程度から考えて、すでに捜査を了しているはずであり、そうでないとしても、了すべきであつたから、勾留を延長すべきやむを得ない理由はないと主張するので検討するに、なるほど一件記録によれば被疑者らは当初犯行を否認していたものの、のちこの全部にわたつてこれを認め、その供述ならびに領置した証拠物などにもとづき裏付捜査がなされたことが明らかであるが、しかしいまだこれを全部了したとは言えないばかりか、その後の捜査の結果被疑者等は共謀のうえ更に、本件犯行の前日にも同様個別訪問をしたことが明らかとなり、現在この関係の捜査を急いでいるが訪問先等について捜査が未了であることが認められる。

ところで、右前日の犯行は、本件勾留被疑事実中には掲示されていない別の事実であるけれど、これは、特別の例外事情ない限りいわゆる包括一罪の関係にあるので、この点の捜査につき典型的な別件余罪と同一視して考察すべきものではなく、むしろこの点は、相当程度勾留被疑事実に関する勾留延長可否の判断資料に供されるものと解するを相当とする。従つてこの点で勾留被疑事実と別の事実もそれが包括一罪と評価される事実である限り、勾留被疑事実につき起訴不起訴の判断をするうえにおいて極めて重要なものとして勾留延長判断の対象事実となるものというべきであり、以上の理由からするならば、前記認定事情のもとではその時間的関係から見ても、被疑者両名に対し捜査未了を事由として本件勾留期間を延長したことに、止むを得ない事情があつたといわなければならない。

そこで、更に本件において延長すべき勾留期間について考えるに、被疑者らは本件勾留被疑事実と別個の事件については、一月二六日頃から供述しはじめたため、はじめて捜査機関もこれを知るに至つたことが明らかであるが、しかし他面その供述後直ちに適切な捜査の方針が立てられているならば、勾留延長時点においてすでに相当程度の裏付捜査がなされ得たと考えられること、また被疑者らは現在取調に対し任意に供述する態度が認められ、本件勾留被疑事実の日及び前日の両日の訪問先戸数の軒数程度はさして多くなくその場所が一団にまとまつて相当程度特定されていることなどの事実を考え合せると、本件では勾留延長期間を一〇日間とするは長きに失し四日間とするのが相当と考える。

よつて前記勾留期間延長の請求に対し、一〇日間の勾留期間の延長を認めた原裁判は、右の限度で変更を免れない。

よつて刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 藤技忠了 唐松寛 河野信夫)

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